「銅の魚 (角川文庫 (5643))」

 仁木悦子の短編集です。これまで、仁木兄妹のシリーズをいくつかと、三影潤の連作短編を1作読んだだけ。どれもシリーズものですね。それはそれなりに面白いのです。仁木兄妹のシリーズなんて、凄惨な事件が後を引かないのは、明るい雰囲気をふりまく悦子のおかげだし、なにより雄太郎兄さんのスマートな推理がいい。なので、実はあまり何も考えずにすらすら読める作品だったのです。

 以前から仁木作品はとても評価が高く、私も「そうだよね、いいよね」などと同調してましたが、実はそれほど実感していたわけではなかったりして(笑)。「仁木さんの描く子供がいい」というのも、実際子供が主人公になっている作品は読んだことがなく、そうなんだろうな、という想像でしかなかったのですが。

 いいんです、ホントに(笑)。

 そりゃあ、みんなが「いい」と言っているので、「いい」のに違いないんだけどさ(^^;)。遅ればせながら、ようやく実感しましたですよ、この作品で。まだ読み終わってはいないのですが、ノンシリーズの短編集。中には、仁木兄妹が結婚してからの物語もありますが、それは兄妹別々に活動しているようで、これまでのシリーズものとはちょっと趣を異にするようです。相変わらず悦子はちょこまかしてますけれども(笑)。

 収録された6作品のうち「誘拐犯はサクラ印」「倉の中の実験」「銅の魚」の3作が子供が主人公です。「倉の中の実験」は本格ではなく、厳密にいうとミステリーでもないかもしれませんね。でも、残り2作品は奇麗な本格です。子供が主人公で、事件に遭遇して…となると、最終的には心を痛めるようなことになるんじゃないかと想像しますが、そこがまた仁木さんの良いところで、事件のために負った心のキズは小さいものではないけれども、子供たちはどんどん成長していくんです。その過程で、もっともっと楽しいことや嬉しいことがあって、そのときのキズを乗り越えていけるのが、子供なのです−−とまあ、そんな風に語っているのではないかと勝手に想像します(笑)。

 子供の一生懸命さ、ひた向きさ、というのは、何にも優先されて愛されるべきものだと思いました。ま、これには昨日見たドラマ「エンジン」の影響も少しあるんですけど(笑)。

 宮部も、子供を描かせるとむちゃくちゃ上手い作家さんですが、仁木作品の子供の方がいいかも。それは、もしかしたら時代のせいかもしれませんけどね。そういうところには、少しだけ“時代”というものが影響しているのかもしれませんが、作品においては、“時代”はあっても、古くささは微塵も感じさせません。ちょっと子供たちが無謀過ぎたりはしますが(笑)。子供が主人公ではないですが、「山峡の少女」なんかのトリックは斬新ですもんね。外出するときですら家に鍵なんかかけない田舎の話ですが、密室よりも面白いトリックなんじゃないかとここでちょっとあおっておこう(笑)。

 やー、これからますます読みたくなりました。